concept
全英オープンゴルフで3度の栄冠に輝いたトーマス・ヘンリー・コットン。
そのゴルファーは英国紳士らしい優雅な装いでプレイし、18ホールが終わってもその姿は乱れることがありませんでした。
そんな彼の上品なスタイルに魅了されたイタリア人デザイナーはエレガントなアウトドアコレクションとしてHenry Cottonsを発表しました。
英国のナチュラルアウトドアスピリッツを継承しながらも、イタリアらしいモダンセンスを調和することによって実現するコンフォートでシンプルなコレクション。
ただ単に流行を追いかけるのではなく、自分らしさをさりげなく演出し、服装でその人の生き方までをもスタイリングします。
ヘンリー・コットン氏とは
Thomas Henry Cotton (トーマス・ヘンリー・コットン)は、1907年、ロンドン郊外チェシャーにある裕福なイギリス家庭で生まれました。
当時イギリスの富裕層の人々は趣味としてゴルフを楽しみ、それらの人々は一般的に 「ミスター」 と呼ばれていたのに対し、生計を立てる手段としてゴルフをプレイすることは卑しい好意と思われ、「プロゴルファー」は下級層として差別されていました。
恵まれた家に生まれたヘンリー・コットンは、ハイスクール時代には遊びとしてゴルフを始めたものの、やがてゴルフは自分の人生の全てになるであろうと自覚し、わずか17歳という若さでプロへ転向しました。
この時代、イギリスではプロの社会的地位が低かった一方で、アメリカにはプロゴルファー達の社会的地位を向上させた事で有名なプレーヤー「Walter Hagen (ウォルター・ヘーゲン) 」 がいました。
彼のエレガントな身のこなしや姿勢、社交界でも華麗な生活を送っているウォルターに憧れたヘンリーコットンは、自分もプロゴルファーの社会的地位を向上させ、華麗なプロ生活を目指すべくプレイに励んだのです。(ヘンリー・コットンはシャンパンとキャビアを好み、またエレガントで洗練された洋服のスタイルでよく知られていました)
ヘンリー・コットンの最初の大きな勝利は、全英オープンで最初に優勝した1934年。この優勝によって初めて彼の名はゴルフ史に刻まれることとなりました。20世紀の生んだ最も有名なゴルファーの一人であり、多くの人々の記憶に残る名プレイヤーとなる第一歩は、ここから始まりました。
さらにその後、1937年、1948年と、実に3回もの全英オープンの優勝を達成したのです。
その天性の才能により、偉大なるゴルフ評論家「Henry Longhurst(ヘンリー・ロングハースト)」から「マスター」というニックネームを与えられる程のゴルファーとなりました。
ゴルフ財団設立にも積極的に貢献するヘンリー・コットンの登場によって、ヨーロッパにおけるプロゴルフプレーヤーの社会的地位と、ゴルフそのものの地位は見事に向上を果たし、世の中のプロに対する見方は一変しました。ヘンリー・コットンは、かつて彼があこがれたウォルター・ヘーゲンの様に、威信と気品をゴルフ界にもたらしたのです。
第二次世界大戦の初頭、ヘンリー・コットンは英国空軍に任命されました。彼は赤十字を支援する為に、他のゴルファーと共に、一連のエキシビジョンマッチを開催すべく尽力しました。これらの功績により、後に大英帝国勲章のメンバー(MBE)の称号が授与されました。
戦後、ヘンリー・コットンはプロゴルファー生活を引退し、プロのジャーナリスト、ライター、またゴルフコースのデザイナーになりました。ポルトガルのアルガーヴェ(大西洋に面する南側)に「ペニナコース」 を設計し、晩年をそこで過ごしました。
英国ゴルフ界における貢献を称え、セント・アンドリュースにある名門ゴルフクラブ“R&A-The Royal&Ancient Golf Club of St.Andrews”は、1968年、ヘンリー・コットンに名誉会員の資格を与えました。また1987年、80歳になったヘンリー・コットンは、長年のゴルフ界への貢献に対してエリザベス女王2世より「ナイト」の爵位が送られました。これはゴルフ界では初の出来事でした。
そして、その2~3日後、彼は静かに永眠しました。